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2017 Rapha スーパークロス野辺山 Day1 RAPHA supercross Nobeyama

2017 Rapha スーパークロス野辺山 Day1 RAPHA supercross Nobeyama

帰国後、レース前の動き。

日本に帰国後、中3日でレース。例年通りのスケジュールだけど、いつもより少し気分的には落ち着いていた。いつも欧州遠征から帰国後は真っ先に東洋フレーム工場に赴き、遠征報告、機材の整備、今後の国内レースに向けた段取りを話し合う。問題があるなら、早急に対応策を考えなければならない。今年も大きな流れでは問題ありだけど、機材については野辺山に向けて自分の納得のいく状態で迎えることができた。ただ、レース前日にレース会場でバイクを動かすことが条件だった。

身体のメンテナンスも必要。10月初めの怪我の状況をSatoSportsで診てもらう。先生のおかげである程度の痛みと痛みの部位に対しての応対はヨーロッパにいる時から密にさせていただいていたので、直接的治療をして頂いても、ヨーロッパにいるときの遠隔診療と変わらず。腓骨神経の強打による炎症。そのためにふくらはぎの疲労が早かったり、力が入らないなどの症状が出るとのこと。でも、実際に改めて原因がはっきりし、気持ちはとても落ち着いた。筋肉の炎症と比べ、神経の炎症は治るまで10倍時間がかかるとのこと。しょうがない。悔しいけど。

さて、土日と2日開催のRaphaスーパークロス野辺山。帰国後すぐで身体への負荷はかかるが、例年出場させていただいている素晴らしい大会なので今年も参加。レース前日の金曜日に会場入りし、雪が降る中、コース上で身体を動かし、夜は時差ぼけの中、早めに寝た。

土曜日Day1、レース当日。

時差ぼけも少しは落ち着き、疲れているせいか夜も深く眠れたため、気分が良かった。そして、この大会、2年ぶり?3年ぶり?の晴れ。コース状態を他カテゴリーのレース後のバイクを見ておく。レース前の試走を行うつもりだったが、石垣代表に[もう試走しなくてもいいんちゃうか?]と言われ、それもそうやな、と思い、当日の試走はせずにレースをスタートすることにした。腓骨神経のダメージをレース前に悪化させないようにするため。コースとコースの状態はは初めの1周で雰囲気を掴めばあとはどうにもできる。タイヤチョイスも迷わずに決め、空気圧もコースの見た目の雰囲気で決めた。1.5Bar。

スタートは1列目スタートのはずが、コールアップの混乱で2列目スタートに。外人選手に場所を取られてしまった。時差と怪我の状態もあるので、無理をし過ぎずにいけってことかと開き直り、スタート。スタートは比較的綺麗に決めれたけれど、第1コーナーでアメリカ人選手が落車し、僕と小坂選手二人が巻き込まれた。たぶん、思わず、、「おいおいまじかよ」って独り言を言ってたと思う。仕切り直して再スタート。順位は後方に下がったけど、まぁ落ち着いて要所要所でペースを上げ、先頭集団を追う。先頭集団に追いついて落ち着いたころにはトップ2人が抜け出ていた。僕は追いつくので必死だったし、とても辛い展開だった。

中盤で気が付くとスタートで落車したアメリカ人と2人になり3位争いの構図になっていた。2位とは30秒差ほど?だったかな。後ろの国内選手たちとは20秒ほど。このアメリカの選手とは中国でも数周一緒に走ったのでなんとなく走り方はわかっていた。二人で得意なパートを分割して、レースを進めた。

トップ2人は海外招待選手なので、日本人選手がせめて3位にならないとカッコ悪いなと思い、絶対に3位になる気でレースを計算し直した。

ラスト2周で力技で彼に勝ち、三位になろうと思ったけど、差が開かなかったので、スプリントに持ち込むことにした。この日はそれで勝てると思った。しかし、ゴール前ホームストレートで彼の前にいる必要がある。ファイナルラップの登坂セクション以降は彼もその気で僕を前に出さないようにブロックをかける。彼より僕の方が二回目のピット通過からフィニッシュラインまでは速いのはわかっていたので、ダートトラック?セクション内でわざとラインを外し、コーナーで彼のインに滑り込み、肘の当てあいにも打ち勝ち、彼の前に出てコーナーを抜けるととそこから一気にペースを上げ、ゴールまでの数セクションをコーナーではイン側を閉めつつ、確実に速く駆け抜け、3位でゴール。会場の僕に向けられた大きな歓声と思い描いた通りのフィニッシュの展開に嬉しくて思わず片手でガッツポーズをしてしまい、、、あかんあかん僕3位なんやったと思い出し、小さく控えめにポーズし直してゴール。

ゴール後、止まらず直行でブースに戻り、すぐにクールダウンを行い、患部への疲労軽減を図った。

自分でも予想していない結果だったし、走りもまぁそこそこ走れたと思う。けれど、まだまだ本調子とは言えないし、どうしても力をわざと抜かないと走ることができない。本気で力を出し切ったと言える身体の状態になるまでまだまだ我慢が続く。

この日は本当にたくさんの人に僕の名前を呼んで頂いた。日本で日本の人に応援してもらえる。とても嬉しかったです。たくさんの応援、どうもありがとうございました。